「シナジー」とは経営用語で「相乗効果」という意味です。今回はM&A(企業の買収・合併)に関するニュースで時々登場する「シナジー効果」について具体的な事例を使って解説します。最初に1分解説を入れました。お急ぎの方はこちらのコーナーをご覧ください。興味を持たれた方は、それ以降もじっくりとお読みくださいませ。
シナジー効果 1分解説
シナジー効果とは、「複数の事業を組み合わせることで単純な足し算を超える経営成果」のことをいいます。 誰でもが知ってるシナジー効果の例は、鉄道会社系列の百貨店(デパート)でしょう。首都圏ですと、大手私鉄はそろって主要ターミナル駅に系列のデパートを作っています。
小田急電鉄→小田急百貨店
京王電鉄→京王百貨店
西武鉄道→西武百貨店
東急電鉄→東急百貨店
ここで鉄道会社は、百貨店を経営することで2つのメリットが産まれます。
(1)鉄道だけでなく百貨店の売上や利益がプラスされる → 単純な足し算
(2)百貨店の利用客が鉄道を利用する → シナジー効果
本来なら土日は通勤客がほとんどいないので、本来鉄道会社は売上が激減します。ですが、ターミナル駅にある百貨店に客が集まるため鉄道を利用してくれます。これで売上は平日と同様に確保できるわけです。
ちなみに沿線の系列レジャー施設、不動産開発も同じシナジー効果を狙ってます。 以上、1分解説でした! この話は以下の書籍を参考にまとめました。興味を持たれた方は、記事を続けてご覧ください!
出典:網倉・新宅『経営戦略入門』日本経済新聞出版社
「シナジー効果」が生まれた背景
シナジー(英語ではSynergy)という言葉は、もともとは生理学の用語です。ある動作を行う際、多くの筋肉が一糸乱れず連携して動く筋肉どうしの協調性のことを指します。確かにそれぞれの筋肉はいちいち指示しなくてもうまく連携してみごとな動きをしてくれますね。 この言葉に目をつけ、経営用語として借りてきたが、経営戦略の父といわれるイゴール・アンゾフです。アンゾフはネーミングの天才でもあり、経営の世界に初めて軍事用語の「戦略」ということばを取り入れました。いまやあたりまえになってますね・・・。 シナジーという言葉を経営の世界に持ち込んだ結果、今や本家の生理学としてではなく経営用語として有名になってます。 アンゾフが著書でシナジーについて語ったのはこんなことでした。 「企業が発展していくための戦略の1つとして、新しい事業を増やしていく(多角化といいます)という方法がある。そうすれば企業は発展成長し続ける」 そして、 「ただし、多角化を成功させるには、いくつか条件がある。その1つは、既存の事業と結びつけると効率や効果が十分に発揮されることだ。単なる部分の総和でなく、例えると「2+2=5」になるようなイメージだ。そうしたものをシナジーと呼ぶ。多角化するなら、これを追求すべきである!」と。 ごもっともです。2+2=5は、1+1=3でもいいのではないかと思いますが、引用するときはアンゾフに敬意を表してみなこう書いて紹介しますね。 ちなみにシナジーという言葉には「効果」の意味も含まれますが、英語にも「synergy effect」という熟語はあるようです。まあどちらもありということで。
アンゾフによる4つのシナジー効果
さらにアンゾフはシナジー効果を生み出す核となるのは以下の4つだといっています。
アンゾフによる4つのシナジー効果
- 『販売シナジー』:顧客・流通経路・販売組織・配送網を共同で使えば費用が削減でき、相乗効果も出てくる。
- 『操業シナジー』:生産設備の稼働率の向上、大量購入による費用削減で、相乗効果が出てくる。
- 『投資シナジー』:生産設備の共同活用、研究成果の活用機会の増大、技術基盤・資材調達の共通化により、投資結果にも相乗効果が出てくる。
- 『経営シナジー』:経営についてのノウハウ、経験値の活用機会が増えることで、相乗効果が出てくる。
シナジー効果の定義
アンゾフのいったことを忠実にまとめると以下のようなことになると思います。
【シナジー効果】 1+1が2以上の効果を生むことを指す言葉。企業が経営多角化戦略を行う場合、新しい製品を追加した時、単に利益を合計したよりも、より大きな効果が生ずることを意味する。新製品を追加する時、遊休設備を利用できるとか、既存の技術が用いられる場合や、販売面でも同じ流通経路を流用できるなどで、シナジー効果は生まれる。(出典:知恵蔵2015の解説)
「シナジー効果」最近の使い方
次は「シナジー」について、最近の使われ方を説明します。 さて、アンゾフが提唱して以来、「シナジー」って格好いいし使えるじゃん、ということで使われる場面は拡がってきています。今、使われるシチュエーションは「多角化」という1つの企業の経営行動というよりは、企業同士のゆるい連携・提携でも使われるようになってきました。現在では、次のような意味で使われることが多いです。 シナジー効果とは
企業の提携、買収、合併に伴う「2+2=5」となるような独自のプラス効果
シナジー効果について最も今風の定義としては以下のようなものが適切でしょう。
【シナジー効果 現在の意味とは?】 相乗効果のこと。複数の企業がアライアンス(協働)をすることによって有利に事業が展開される場合や、一つの企業内の別々の事業部門が協働することで、やはり有利に事業が展開される場合、シナジー効果が発揮されたことになる。 例えば、銀行が小売店に支店を出す場合、銀行は支店の経費を安く出せる上、顧客へのサービス向上、新規顧客の開拓ができる。一方、小売店からするとスペースを提供する料金収入のほかに、来客数の増加が見込めるなどの相乗効果が得られる。 (出典:ASCII.jpデジタル用語辞典の解説)
シナジー効果の具体例 5つの国内企業の成功例を紹介
ではいよいよ具体例です。ここでは有名な5つの企業の事例を紹介します。どれも皆が知っている日本の会社です。 シナジー効果は、販売シナジー、操業シナジー、投資シナジー、経営シナジーの4種類あります。それぞれの事例について、4つのうちどのシナジー効果が発揮できたのかについて検証しながら見ていきたいと思います。
【シナジー効果 事例1】ソフトバンク(日本テレコムとボーダフォンのM&A)
2001年にブロードバンド通信に参入したソフトバンクは、2004年7月に日本テレコム(JT)を買収しました。これにより法人顧客の取り込みに成功します(販売シナジー)。また通信の設備はそれまで持っていたものと合わせて活用することでトータルでのコスト削減をします(操業シナジー)。同年にホークス球団を買収しプロ野球の球団を持ちます。これにより国内での知名度をアップさせます(販売と経営のシナジー)。 そして2006年、ボーダフォン日本法人を買収し携帯電話事業に本格的に参入します。このときも固定の電話、ネット回線とのシナジー効果が発揮されます。ネット回線、そして球団オーナーということで販売シナジー、操業シナジーが発揮され、今や日本を代表する携帯キャリアとなりました。 参考 ソフトバンク株式会社 沿革
【シナジー効果 事例2】家電店とアパレルのコラボ「ビックロ」
2012年9月に「ビックカメラ」と「ユニクロ」の提携により新宿駅東口にできたのがが「ビックロ」です。正式名は「ビックロ ユニクロ 新宿東口店」。家電と洋服をはじめ、なんでも揃う専門店の集合体というのがウリ。「ファッションと家電で培った両社のノウハウを重ね合わせること」で、「さまざまな人に喜びと驚きを提供する新しいタイプの店舗」を目指していくとのことで出発しました。「ビックロ」のトータルプロデュースは、クリエイティブディレクターの佐藤可士和氏です。ちなみにユニクロのロゴは佐藤可士和氏のデザインです。 ビックカメラとユニクロのユーザーはもともと重なる部分があったのでしょうし、販売シナジーと経営シナジーを究極まで目指すといった感じですね。 ビックカメラ×ユニクロが新宿東口に新名所「ビックロ」をオープン、佐藤可士和がトータルプロデュース Store News | ビックロ ユニクロ 新宿東口店 – Uniqlo ユニクロ プレスリリース
【シナジー効果 事例3】楽天 グループシナジーの強化
日本のインターネットモールの最大手の楽天。2000年に店頭市場に上場してから次々にM&Aで事業を拡大しています。 2003年に旅行サイト『旅の窓口』を運営していたマイトリップ・ネット株式会社を完全会社化。2004年9月にサイトを統合。 同年、ディーエルジェイディレクト・エスエフジー証券株式会社(現 楽天証券株式会社)を子会社化。 2004年にはあおぞらカード(現 楽天証券株式会社)を子会社化。 そして2006年、楽天グループ内の様々なサービスを有機的に結びつけ、ユーザーのグループサービス内での回遊性を高めるビジネスモデルとして「楽天経済圏」構想を発表しています。 これは、ユーザーについて消費と金融の両面から囲い込むということで、これも販売シナジーへの挑戦といえます。これはほぼ成功しており、2016年12月末時点で楽天の会員数は1億1489万人。実際にログインした会員数は8,747万人だそうです。 このように企業が複数の事業会社をグループ化し、ユーザーを囲い込んでシナジー効果を享受するパターンを最近では「グループシナジー」というようになりました。楽天は間違いなくこの分野ではトップグループと言えます。 成長の奇跡 楽天トラベル設立 楽天の歴史|楽天株式会社
【シナジー効果 事例4 JT(日本たばこ産業)】
JT(日本たばこ産業)はれっきとした日本の会社ですが、売上の半分以上が海外だって知ってました? 実は国内のたばこ市場は、縮小基調。1996年にピークを迎え2014年には半分ほどにまで落ち込んでいます。これを補うためJTは企業を買収を繰り返し行っています。 1999年に米国RJRナビスコの米国外たばこ事業を買収。 2007年に英国のたばこ大手ギャラハーを買収。 2015年に米国でたばこ2位だったレイノルズの一部事業を買収。 その後もフィリピンやインドネシア、ロシアのたばこメーカーを買収。 会社自体の売上は横ばいのため、株価も低調ですが、これだけ健康志向による逆風がある中で、たばこ事業を維持していることは評価してよいのではないでしょうか。販売シナジーの効果だと思います。また海外の会社を買収した後、経営は軌道にのせているので経営シナジー効果も発揮していると思います(海外の企業を買収して失敗している例は多いので評価すべきです)。 JT株主、「加熱式出遅れ・株価低迷」に不満続出
【シナジー効果 事例5 日本電産 企業成長の原動力はM&A】
日本電産は、企業成長の原動力としてM&Aを戦略的に活用しているユニークな企業です。 日本電産のWEBサイトにも、「当社のM&Aは、『回るもの、動くもの』に特化し、技術・販路を育てあげるために要する『時間を買う』という考え方に基づき行っています。」と書かれています。国内海外を問わず50社を超える会社をM&Aで手に入れています。 「世界No.1の総合モーターメーカー」というキャッチフレーズ通り、M&Aの対象はモーターのメーカーで徹底してますね。 販売、操業、投資、経営といった4つのシナジー効果を活用しきっている稀な例だと思います。アンゾフさんが知ったら大いに感心されるのではないでしょうか。 M&Aの歴史 | 日本電産株式会社 – Nidec Corporation
M&Aでシナジー効果を得るためのポイント~M&Aの失敗を避けるために~
シナジー効果を得るためには、合併・買収を成功させることです。そのために必要なポイントを掲げておきます。
(1)タイミングを見極めること
業績が良いとき、もしくは上向きになると確信できるときのほうが、条件を有利に交渉できます。
(2)情報管理
合併・買収についての情報が漏れることは、社員や取引先、そして株価に大変な影響を与え、経営自体を揺るがすことになりかねません。徹底した情報管理が必要です。
(3)自社の企業価値の把握
技術・人材・取引先などが、外から見たらどれほどの価値があるのかを自社で把握しておくことが重要です。特に技術者や顧客について安く見積もらないことです。
リスクの検討
合併・買収には以下のことが常にリスクとして存在しますので注意が必要です。
- 顕在化していない債務が無いか
- 社員の雇用、報酬はどうするか
- 従業員のモチベーションの維持および人材流出
- 社風や企業文化の統合
- 情報システムの統合
- 市場シェアが法的に許可されるか(過剰にシェアを取ると独占禁止法に触れる場合があります)
「シナジー効果」の反対は「アナジー効果」
アナジー効果(英語でAnergy effect)は、シナジー効果の反対語です。経営上の相互のマイナス効果のことを言います。アナジーと呼ばずに「負のシナジー効果」いうこともあります。 買収や合併、多角化をしても、気体ほどの成果が出なかったり、ときには買収合併前よりもひどい結果になってしまうこともあります。そうした場合、アナジー効果といいます。 アナジー効果の発生を防ぐために必要なのは、調査と検討を十分に行うことです。また方向性と戦略が正しいかを見定める必要があります。
【アナジー効果 事例1】 ソニー・ピクチャーズ・エンタテインメント
SonyPicturesば世界的に有名な優れた映画会社として知られています。「メン・イン・ブラック」「スパイダーマン」「ダ・ヴィンチ・コード」などの制作配給を行なっています。しかし、親会社であるソニーが映画事業へM&Aによって参入し、この会社を立ち上げたときに辛酸を舐めたのはご存知でしょうか。アナジー効果のよい例として書いておきましょう。 ソニーは音楽事業での買収に成功したことを契機に、1989年 9月末、米国の大手映画会社であるコロンビア・ピ クチャーズ ・エンターテインメン卜社(以下,CPE)を買収することを決定し総額46億ドルを支払います。 これはソニーの持つ映像・音響機器と言うハードと、映画というソフトのシナジー効果(販売シナジー)を期待したからです。しかしソニーは映画事業の経営については経験が無く、現地で経営を任せられる人材にも恵まれなかったため、何年間か超低空飛行を続けざるを得ませんでした。つまり経営面ではアナジー効果が出たのです。 ヒット作もほとんど出なくなり(投資、操業面のアナジー効果)、最盛時のシェア20%が10%を割りこむまでになります。多額の負債を抱え支払利子が 1,000億円を超えたときもありました。その後、ソニー本社が荒療治を行い、何とか立て直したのです。 現在では順調な経営を行なっていますが、当時は大変な危機的状況だったそうです。M&Aにあたっては、アナジー効果が出ないよう最大限の注意が必要だという良い例ですね。
アナジー効果対策 「ピュアカンパニー化」とは?
買収や提携してうまくいかなかった場合、アナジー効果を回避する方法として、以前の特定の事業だけを行っていた頃の状態に戻るということを行うことがあります。これを「ピュアカンパニー化」といいます。 代表的な例がインテルです。インテルは1970年代初頭にDRAM、MPU、EEPROMを製品化し、その後半導体分野において幅広く商品群を展開しました。しかし投資面ですべての事業を維持することの困難さに気づきます。そこで経営資源をMPUに集中するという英断をします。その結果、MPU事業は大成功し、今ではパソコンやサーバのMPUにおいては不動のナンバー1を維持しています。 またユニクロを経営するファーストリテイリングは2002年、子会社を設立して「SKIP」というブランド名で野菜などの食料品を販売したことがあります。高品質な野菜を通販で届ける形です。しかし1年ほどで撤退しました。個人的には「安売り」的なイメージが、高級野菜の通販とは相容れなかったのではないかと思います。販売でのアナジー効果でしょうか。皆さんもご存知のとおり、その後アパレルのみのピュアカンパニー化を図り、今の発展の基礎を築きました。 ピュアカンパニー – Nomura Research Institute 20世紀後半 超LSIへの道-1980年代 インテルの戦略転換 ユニクロ野菜はそれからどうなったか
シナジー効果(相乗効果)といっしょに覚えたい「相補効果」
シナジー効果は日本語ですと相乗効果ですが、似た言葉で「相補(そうほ)効果」っていうのがあることを知っていますか? 英語だと「Complementary effect」です。 これは、複数の事業を持つことで、お互いの足りない部分を補い合うことをいいます。 例えば、スキーリゾート地のホテルは、テニスコートやゴルフ場を建設し営業してますよね。これはスキーの閑散期でも、宿泊客を確保するために行っています。 この場合、シナジー効果もちょっぴりあるかもしれませんが(スキー客がテニスをしに夏にも訪れるなど)、メインは閑散期の客確保であることは間違いないと思います。(出典:網倉・新宅『経営戦略入門』日本経済新聞社 P.323-324より)
関連記事
以下に中小企業のM&Aに関する記事を書いています。 中小企業の事業承継を目的としたM&Aについて解説!
まとめ
今回はシナジー効果とアナジー効果について例を出しながら解説しました。 企業が多角化した場合、ソフトバンク、日本電産のように「シナジー効果」のお手本のような会社もありますが、また失敗した場合は、「アナジー効果」によりソニーほどの会社でさえかなりダメージを受けることもおわかりいただけたと思います。 お読みいただきありがとうございました。参考文献を書いておきます。
おすすめの本
以下はM&Aの本ですが、シナジーとアナジーについては、ケースを元に学ぶのが一番だと思いますので紹介いたします。
M&Aは大企業だけのものではなく、むしろ中小企業こそいろんな意味で遭遇する機会が多いはずです。
M&Aといえば日本企業による海外での買収が話題になった時期がありました。この本では今までの大型案件として武田薬品、三菱地所、松下電器、第一三共、キリン、ブリジストン、ソニー、日本板硝子、JTなどケースが載っています。
この手の話題が出れば必ず出てくるのがJTです。上記の本にも紹介されてますが、こちらは題名のとおりまるごと1冊、JTのM&Aについて書かれてます。著者はJT副社長。必読です。
学生向けのテキストですが、一度はシナジーの生まれる全容をきちんと学んでおきたいです。M&Aを議論する前に、大前提として事業ドメイン、多角化、垂直統合といった概念を知っておかないとまずいことになります。本書の第3部だけでも読んでください!